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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(れ)19号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山本粂吉の上告趣意第一点について。

所論の要点は、原判決は採証・経験・論理の各法則に違反し、証拠によらないで独断的且つ予断的に事実を認定して断罪した審理不尽及び理由不備の違法があるというに帰するのであって、刑訴四〇五条所定の適法な上告理由に当らない。のみならず所論はその実質においても理由がない。すなわち、原判決が、被害者大槻徹の受傷時と死亡時との時間的間隔を認定するにつき挙示した各証拠を綜合して、大槻徹の受傷から死亡に至るまでの時間的間隔は、「数時間乃至十数時間、長くも二四時間以内」と推認し得られ、従って大槻徹が死亡したと認められる昭和一九年一月二二日午前五時過頃を基準とすれば、その受傷は同月二一日午前五時頃から翌二二日午前二、三時頃までの間であると認められると判断したことは正当であって、所論のように、原判決挙示の各証拠からは「本件の解剖所見のみから受傷と死亡との時間的間隔を何時間と断定することは不可能にちかい、強いて推定すれば三時間又は数時間乃至二四時間以内であるが、二四時間以上ではありえないとは断定できない」との結論に達せざるを得ないものではない。それ故原判決を目して所論各法則に違反するものということはできない。

次に原判決が、本件の加害者は、前掲受傷時間中において被害者大槻徹となんらかの交渉を持ち、同人と接触する機会を有した者であるわけであるとし、その関係者として五人の者を挙げた上、そのうち犯人は誰であるかを判示の如く諸種各般の角度から一々検討の結果、被告人を犯人と認定したのであって、原判決判示の推理とその挙示の証拠に徴すれば、原判決認定の正当性を肯認し得るところである。この点についても原判決には所論各法則の違反は認められない。

さらに、被害者大槻徹の死亡時と受傷時との時間的間隔を推認するためには、解剖所見のほかに受傷後の臨床的所見をも綜合勘案するに如かなかったことはもとよりであるが、この点原判決が詳細説示しているとおり、本件にあっては解剖所見だけから受傷後の身体的状況を判定し難く、しかも被害者が被疑者として留置場に拘禁中の特殊の環境下にあったため正確な臨床的所見が得られなかったものである以上、解剖所見を基礎として受傷時を推認した上、その推認時間内において被害者と交渉を持った者のうちから加害者を判定することは、事実認定の方式として欠くるところはないものといわなければならない。従って原判決には所論の審理不尽、理由不備の違法は存しない。

同第二点について。

所論は刑訴四〇五条の適法な上告理由に当らない。のみならず、原判決が、罪となるべき事実として、被告人は昭和一九年一月二一日午前一〇時頃から同一一時頃まで及び同日午後一時過頃から同四時頃まで被害者大槻徹を取調中、判示の暴行を加え云々と認定し、被告人を有罪としたものであることは所論のとおりであるが、所論のように暴行が午前の取調中に加えられたか、はた午後の取調中に加えられたか、または午前午後の両方ともに加えられたかということまで確定しなければ、本件犯罪事実を確定したといえないというものではない。所論は到底採るを得ない。

同第三点について。

本件差戻し前の第二審判決は、被害者大槻徹の受傷後、なんらかの身体的症状を生じたことを前提として、同人の死亡と受傷との時間的間隔を判定したものでありそして該判決破棄の原由がこの点に存在したことは所論のとおりである。しかるに差戻し後の原審は新たに多数の証拠調べを実施して証拠を追加すると共に、就中右破棄の原由となった死亡と受傷との時間的間隔判定の基礎を、右差戻し前の原審とは異なり、専ら解剖所見に関する証拠によって認定したものであることは記録及び原判示によって明らかである。されば差戻し後の原判決は、破棄判決の示した判断と少しも抵触するものでないことは極めて明白である。論旨は到底採用に値しない(なお、昭和二六年(れ)第一二五四号、同年一一月一五日第一小法廷判決、集五巻一二号二三七六頁参照)。

弁護人工富工の上告趣意について。

論旨第一点は原判決の採証法則違反、事実誤認の主張であり、同第二点は理由不備の違法を主張するものであって、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして原判決に所論のような違法の存しないことは、弁護人山本粂吉の上告趣意について判断したとおりである。論旨は採るを得ない。

その他本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、刑訴施行法三条の二、刑訴四〇八条に則り、裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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